
「年収さえ上がれば、すべてうまくいく」
そう信じて、必死にキャリアを築いてきた者がいる。
だが──いざ年収が上がっても、なぜか心が晴れない。
むしろストレスや孤独感が増し、「こんなはずじゃなかった」とつぶやく者も少なくない。
本記事では、年収アップ後に感じたリアルな葛藤と、「年収が上がっても幸せになれない人々」の共通点を明かしていこう。
申し遅れました。
本記事の案内人、磯賀場 真我(いそがば まわれ)と申します。
かつて「使えないエンジニア」と揶揄された時期もあった私だが、
転職と海外赴任を経て、5年間で約600万円の年収アップを実現。
「もっと早く知っていれば…」と思う仕事のコツや、評価されるポイント、
遠回りのようで確実な「急がば回れ」の仕事術、年収を上げるために本当に必要な考え方と行動を伝えている。
以下の記事もあわせて読むことで、この記事や本ブログの主旨への理解がより深まるはずだ。
▶️ このブログの全体像(年収アップメソッドの概要)
▶️ 年収推移の実例(5年間で年収600万円アップの軌跡)
① 「比較のステージ」が上がり、終わりなき競争に疲弊する

年収が上がると、人は無意識に “次のステージの比較” を始める。
- 年収500万円のときは「600万円の人」
- 700万円になれば「1000万円の人」
- そして1000万円を超えれば「資産家」「経営者」
収入が上がっても、比較対象も一緒に上がってしまう。
結果として、「上には上がいる」と感じ、満たされることがない。
これは、“承認の飢え” が収入の上昇と共に肥大化する現象である。
また、現職にとどまれば、転職していったかつての同僚に年収マウントを取られることもあるだろう。
そして皮肉なことに、転職後もまたしかりだ。
──誰かと比べ続ける限り、心の中に “敗北感” が居座り続ける。
さらに、海外で働けば、彼らの年収の高さに驚かされることもある。
日本の「空白の30年」による成長停滞、そして近年の円安もあいまって、アジア諸国でさえ日本の平均給与を追い抜く時代に入っている。
日本での “勝ち組年収800万円” でさえ、海外ではかすんでしまうこともあるのだ。
▼関連記事:【世界の年収比較】日本人はもはや高給取りではない?
──比較ばかりしていれば、まさに終わりなき競争に疲弊するのみである。
② 「使い方」を誤り、年収以上の出費に追われる

年収が上がると、気が緩み、つい生活水準を上げたくなる。
車、住まい、旅行、ファッション、習い事…どれも悪くない。
だが、「支出=幸福」だと錯覚すると、すぐに年収以上の出費に苦しむことになる。
たとえば、年収1000万円の場合、
手取り年収は約730万円。
月収ベースでは手取り約61万円である(※ボーナス分を月割り換算)。


数字だけ見ると「余裕がありそう」と感じるかもしれぬ。
しかし、以下のような支出が重なればどうか?
- 家賃:20万円のアパート
- 車のローン:月10万円
- 食費・光熱費などの生活費:月15万円
- 子どもの学費や習い事:月5万円
- レジャー費・交際費・お小遣い:月8万円
これらを合計すると、すでに月58万円──つまり、ほとんど残らないのが現実である。
だからこそ、「余裕のある生活」を手に入れるためには、
生活レベルはなるべくそのままに、年収のみを上げていくのが理想だ。
とはいえ、ここでも重要なのは「目的」である。
- 年収を増やして貯蓄や投資に回したいのか?
- それとも、年収を増やし生活レベルを上げ(支出を増やし)、モチベーションを高めたいのか?
どちらが正しいという話ではない。
自分自身の価値観と照らし合わせて、選び取ることが重要なのだ。
以下記事に、額面年収 vs 手取り年収も記載してあるので、ぜひ読んでみてほしい。
【年収アップはどこまで可能?】4つの誤解を正す! 収入の限界は自分次第!
そして、ふと気づく──「何のために年収を上げたのか?」と。
収入の増加より先に、支出の哲学を持たねばならぬ。
③ 「自分のためだけ」の成功では、充足感が持続しない
強い自己実現欲を持つ者ほど、年収アップに執着する。
だが、自分のためだけに手にした成功や報酬は、ある地点で “むなしさ” に変わる。
なぜか?
人は本質的に「誰かの役に立ちたい」「社会とつながっていたい」という感覚を持っている。
その感覚がないまま昇給や昇進だけを追っても、心の奥に “空白” が残り続ける。
幸福とは、内面と他者とのつながりが一致したときに初めて生まれる。
④ 「休めない体質」になり、心がすり減っていく
年収が上がると、責任も増し、周囲の期待も高まる。
「今のポジションを失ってはいけない」というプレッシャーから、“休めない体質” に陥る者がいる。
- 有給を取るのが怖い
- 常にメールを確認してしまう
- 家族との時間にも気が気でない
──いくら収入が増えても、「心の自由」を失っていては意味がない。
“生きる感覚”を失った年収アップに、価値はない。
⑤ 「本当に望んでいたもの」とズレたまま走ってしまう

最大の問題は、「なぜ年収を上げたかったのか?」という問いに向き合っていないことである。
- 家族との時間を増やしたかった
- 自由な働き方をしたかった
- 地元に恩返ししたかった
そうした “本音の願い” を忘れ、「とにかく昇格」「転職で年収アップ」「副業で稼ぐ」と走り続けてしまう。
その結果、“目標達成” した瞬間に、燃え尽きてしまうのだ。
若いうちや年収が低いうちは、年収アップ自体を目標とするのは悪くない。
いや、むしろそうすべきだ。
なぜなら、知識やスキルアップ、キャリアアップは年収と連動していくからだ。
しかし、家族ができ、自分以外の安心や幸せを守る必要が出てきたときに、大きなターニングポイントとなるはずだ。
つまり、うまくバランスをとる必要が出てくる。
だからこそ、自分の中での明確な判断基準や優先順位を持つことで、他者との比較も必要なくなり、迷いづらくなる。

実際に、「年収は下がったが、自分らしい働き方を選んで幸福を感じている」という声もある。
気になる方は、こちらの記事も参考にしてみてほしい。
▼関連記事:「年収を下げる」という選択は合理的か?メリット・デメリットを徹底検証
幸せな年収アップのために──3つの問いを自分に投げかけよ

- 自分が本当に欲しいものは、「お金」そのものか?
- 今の働き方は、「時間」と「人間関係」に余白を生んでいるか?
- 手にした収入を、誰のために、どう使いたいと思っているか?
この問いに、誠実に答えられるようになったとき、
「収入」と「幸福」はようやく重なり始める。
まとめ:年収アップは目的ではない。自分らしく生きる手段である
年収が上がっても、幸せになれない人がいる。
だがそれは、年収アップが悪いのではない。
「自分にとっての幸せ」を定義せずに、年収だけを追いかけた結果にすぎない。
大切なのは、「自分にとって何が幸福なのか?」を、立ち止まって問い直すことである。
年収は、それを叶えるための “手段” にすぎないのだから。
📢 磯賀場 真我からひと言:
年収は人生を変える力を持っている。
だが、それをどう使うかで、その人の“生き様”が問われる。わたしは、年収が上がったこと自体を後悔したことはない。
だが、「何のために上げたのか」を忘れた瞬間、心の軸がぶれていったことを、今も覚えている。自分にとっての幸せとは何か。
どう働き、どう生きたいのか。金額よりも、己の意志を見失わぬ者こそ──
年収アップを “人生の追い風” に変えられるのである。
健闘を祈る